ここでは、地球軌道から太陽へ向かって初速度ゼロで落下するときの所要時間と、到達時の速度について紹介します。
地球上で物体の自由落下を考える時は、物体に働く重力は常に一定と見なせるため、落下に要する時間を計算するのは非常に容易です。 鉛直上向きに \(z\) 軸を取り、物体の運動方程式を立てると \begin{align*} m\ddot{z}=-mg \end{align*} となります。 \(z\) の上の 2 つの点は時間 \(t\) の 2 階微分を意味します。 また、\(g\) は重力加速度です。 これは簡単に積分出来て、初速度がゼロ、初期の位置が \(z=H\) とすると、 \begin{align*} z=-\frac{1}{2}gt^{2}+H \end{align*} となります。 初期の高さ \(H\) から \(z=0\) まで落下する時間は、この式で \(z=0\) を代入して計算すると \begin{align*} t=\sqrt{\frac{2H}{g}} \end{align*} となります。
重力が一定の場合はこれで問題なく、地上での物体の運動を考えている限りは重力 (万有引力) は一定と見なしても問題ありません。
しかし、地球軌道から太陽へ向かって自由落下するなどの問題を考える際は、場所によって重力の大きさは変わります。
そのため、ちゃんと運動方程式を立てて積分してやらなければいけません。
目次:
運動方程式から速度を求める
まずは運動方程式を立てます。 中心の重力源 (今の場合は太陽) からの距離を \(r\) とした動径方向の運動方程式です。 \begin{align*} m\ddot{r}=-\frac{GMm}{r^{2}} \end{align*} \(m\) は落下する天体の質量、\(M\) は中心天体の質量、\(G\) は万有引力定数です。 両辺から \(m\) を消去すると、 \begin{align*} \frac{d^{2}r}{dt^{2}}=-\frac{GM}{r^{2}} \end{align*} となります。 ドットの部分を微分の形に書き直しただけで、意味は全く一緒です。 この微分方程式を解けば、中心の重力源へ向かって落下する物体の運動の様子が分かることになります。
この微分方程式を解くにはややテクニックが必要です。 大学の学部レベルの力学ではよく出てくるテクニックですが、まず両辺に \(r\) の時間微分をかけます。 \begin{align*} \left(\frac{dr}{dt}\right)\left(\frac{d^{2}r}{dt^{2}}\right)=-\left(\frac{dr}{dt}\right)\frac{GM}{r^{2}} \end{align*} こうするとこの微分方程式は積分出来て、 \begin{align*} \frac{1}{2}\left(\frac{dr}{dt}\right)^{2}=\frac{GM}{r}+C \end{align*} という形になります。 \(C\) は積分定数です。 両辺を時間微分すれば、元の微分方程式に一致する事が確認出来ます。 左辺は \(r\) を \(t\) で 1 階微分した形 (を 2 乗したもの) になっています。 つまり、動径方向の速度の 2 乗を意味します。 今は初速度ゼロの状態から自由落下させる事を想定しているため、初期位置 \(r=a\) で速度ゼロを代入すると、 \begin{align*} 0=\frac{GM}{a}+C \end{align*} となり、積分定数 \(C\) は \begin{align*} C=-\frac{GM}{a} \end{align*} となることが分かります。 まとめると、 \begin{align*} \frac{dr}{dt}=-\sqrt{2GM\left(\frac{1}{r}-\frac{1}{a}\right)} \end{align*} という式が得られます。 ここで、自由落下での速度は中心に向かう方向、0 に向かう値になるため、マイナスの方の解を採用しています。 この式は、初速度ゼロで初期位置 \(a\) から自由落下を始めた物体が、ある位置 \(r\) に到達した瞬間の速度を表しています。 速度の絶対値を取れば \begin{align*} \abs{v}=\abs{\frac{dr}{dt}}=\sqrt{2GM\left(\frac{1}{r}-\frac{1}{a}\right)} \end{align*} になります。
速度の絶対値の式だけであれば、運動方程式を解かなくてもエネルギーの保存から導出することができます。
中心の重力源からある距離 \(r\) だけ離れた位置でのある物体の運動エネルギーと重力エネルギーの合計と、中心の重力源からある距離 \(a\) だけ離れた位置にある静止した物体の重力エネルギーは
\begin{align*}
\frac{1}{2}mv^{2}-\frac{GMm}{r}=0-\frac{GMm}{a}
\end{align*}
と書くことができます。
これを解くと
\begin{align*}
v^{2}=2\left(\frac{GM}{r}-\frac{GM}{a}\right)
\end{align*}
となり、上で求めた速度の絶対値の式と一致します。
次に、
\begin{align*}
\frac{dr}{dt}=-\sqrt{2GM\left(\frac{1}{r}-\frac{1}{a}\right)}
\end{align*}
の式を解く事を考えます。
変形すると
\begin{align*}
\frac{dr}{\sqrt{\frac{1}{r}-\frac{1}{a}}}=-\sqrt{2GM}dt
\end{align*}
となり、両辺を積分すれば解が得られることになりますが、このままでは積分することができません。
そこで、
\begin{align*}
\frac{r}{a}=\cos^{2}\theta
\end{align*}
と変数変換をして積分を実行します。
変数変換の式より、
\begin{align*}
dr=-2a\cos\theta\sin\theta\,d\theta
\end{align*}
が得られます。
これらを元の微分方程式に代入すると、
\begin{align*}
2a^{3/2}\cos^{2}\theta\,d\theta=\sqrt{2GM}dt
\end{align*}
となります。
さらに変形して
\begin{align*}
a^{3/2}\left(1+\cos2\theta\right)d\theta=\sqrt{2GM}dt
\end{align*}
とすると、容易に積分出来る形になります。
両辺積分すると、
\begin{align*}
a^{3/2}\left(\theta+\frac{1}{2}\sin2\theta\right)=\sqrt{2GM}t+C
\end{align*}
となります。
\(C\) は積分定数 (先ほどのものとは別) です。
ここでも初期条件から積分定数を決めます。
初期の \(t=0\) の時に、初期位置 \(r=a\) にいたと考えます。
\(\displaystyle{\frac{r}{a}=\cos^{2}\theta}\)
より、
\(\cos^{2}\theta=1\)
であれば良いので、\(\theta=0\) が初期条件となります。
これを代入すると、\(C=0\) が得られます。
積分定数を代入し、\(t\) について解くと
\begin{align*}
t=\sqrt{\frac{a^{2}}{2GM}}\left(\theta+\frac{1}{2}\sin2\theta\right)
\end{align*}
となります。
あるいは変形して
\begin{align*}
t=\sqrt{\frac{a^{3}}{2GM}}\left(\theta+\sin\theta\cos\theta\right)
\end{align*}
と書けます。
ただし、\(\displaystyle{\cos\theta=\sqrt{\frac{r}{a}}}\) とします。
これが、初期位置 \(a\) から、中心の重力源からの距離が \(r\) の所まで自由落下する時の所要時間になります。
太陽表面まで自由落下する問題を考える場合は、\(r\) に太陽半径を代入します。
こうすると、初期位置 \(a\) から自由落下して、太陽表面に到達するまでの時間を計算することができます。
まとめると以下のようになります。
また、太陽表面に到達した時の速度は、
\begin{align*}
\abs{v}=\sqrt{2GM_{\odot}\left(\frac{1}{R_{\odot}}-\frac{1}{a}\right)}
\end{align*}
である。
代入する値を入れ替えれば、任意の天体に向かって任意の距離から初速度ゼロで自由落下した時の所要時間、速度を計算出来ます。
例えば \(M\) に地球質量、\(R\) に地球半径、\(a\) に月の軌道長半径を代入すれば、月の軌道から地球へ向かって初速度ゼロで自由落下したときの、
地球表面に到達した時の速度となります。
また、\(M\) に太陽質量を代入し、\(a\) に海王星の軌道長半径、\(R\) に木星の軌道長半径を代入すれば、海王星軌道から自由落下を始めた物体が、
木星軌道に到達するまでの時間と、その時の速度を計算出来ます。
実際に数値を代入して、地球軌道から太陽へ向かって初速度ゼロで自由落下した時の所要時間と、太陽表面に到達した瞬間の速度を求めてみます。
太陽半径は
\begin{align*}
R_{\odot}=6.96\times10^{8}\,{\rm m}
\end{align*}
であり、地球の軌道長半径(太陽と地球の平均距離)は
\begin{align*}
a_{\rm Earth}=1.495978707\times10^{11}\,{\rm m}
\end{align*}
です。
この値は 1 AU (天文単位)です。
これらからまず \(\cos\) の項を計算すると、
\begin{align*}
\cos\theta=\sqrt{\frac{R_{\odot}}{a_{\rm Earth}}}\simeq0.068209
\end{align*}
となり、\(\theta\) は
\begin{align*}
\theta\simeq1.5025
\end{align*}
となります。
この辺りの計算は手計算では出来ないため、関数電卓などに頼る必要があります。
また、太陽質量は
\begin{align*}
M_{\odot}=1.9884\times10^{30}\,{\rm kg}
\end{align*}
であり、これらを代入して計算すると、
\(t=5578056.817\)...(秒)= 64.55 日、すなわち 64 日と 13 時間という値が得られます。
同様に速度の式にも代入して計算すると、太陽表面に到達した時の速度は\(616.097\,{\rm km/s}\)となります。
太陽系のその他の天体の軌道から、太陽へ向かって初速度ゼロで自由落下をした時の所要時間と速度を求めてみます。
初期位置の値に様々な天体の軌道長半径を代入して計算した結果は以下のようになります。
運動方程式から位置を求める
地球軌道から落下した場合
様々な天体の軌道からの場合
天体名 | 軌道長半径 (AU) | 所要時間 (日) | 所要時間 (年) | 衝突速度 (km/s) |
---|---|---|---|---|
水星 (Mercury) | 0.3871 | 15.54 | - | 613.813 |
金星 (Venus) | 0.7233 | 39.71 | - | 615.546 |
地球 (Earth) | 1.0 | 64.55 | - | 616.097 |
火星 (Mars) | 1.5236 | 121.43 | - | 616.592 |
ケレス (Ceres) | 2.765 | 296.86 | 0.812 | 617.016 |
木星 (Jupiter) | 5.2026 | 766.21 | 2.10 | 617.259 |
土星 (Saturn) | 9.5549 | 1907.06 | 5.22 | 617.385 |
天王星 (Uranus) | 19.2185 | 5440.07 | 14.89 | 617.461 |
海王星 (Neptune) | 30.1104 | 10668.46 | 29.21 | 617.487 |
冥王星 (Pluto) | 39.445 | 15996.14 | 43.80 | 617.499 |
ハウメア (Haumea) | 43.080 | 18257.48 | 49.99 | 617.502 |
マケマケ (Makemake) | 45.482 | 19805.54 | 54.23 | 617.504 |
エリス (Eris) | 67.840 | 36079.15 | 98.78 | 617.514 |
セドナ (Sedna) | 544.07 | 819426.36 | 2243.51 | 617.533 |
青色の背景になっている天体が惑星、薄い水色の背景になっている天体は準惑星です。
太陽に最も近い水星の軌道から太陽へ自由落下した場合は、太陽表面まで 15 日と半日で到達出来ることが分かります。 ケレスは、火星と木星の間にある小惑星帯 (メインベルト) にある準惑星です。 ケレスよりも遠い場所からは、太陽に到達するまでの時間が1年を超えるようになります。 さらに遠方になると所要時間は延び、太陽系で一番遠い軌道を持つ惑星である海王星軌道からは 29 年もかかります。
海王星軌道の外側にあるのは太陽系外縁天体です。
海王星以遠天体という名称もありますが、日本語では太陽系外縁天体の呼び名の方が主流です。
英語では Trans-Neptunian Objects (TNOs) と呼ばれるため、こちらのニュアンスは海王星以遠天体の方が近いです。
ハウメアの軌道からは 50 年近くとなり、エリスの軌道からに至っては 100 年近い時間が必要となります。
薄紫色の背景になっているセドナは、準惑星の候補天体になっている太陽系外縁天体です。
非常に大きな軌道長半径を持ち、その位置からの自由落下での所要時間は 2243 年にも及びます。
自由落下して太陽表面まで到達するのに必要な時間は、距離が遠くなるほど一気に長くなります。 一方、太陽表面に到達した時の速度はあまり大きく変わりません。 遠方になると全てが秒速 617 km台です。 遠方にいる時は太陽からの引力が小さいためあまり加速されず、太陽に接近して来て引力が強くなる所で大きく加速されているということが分かります。
参考として、海王星軌道から地球軌道まで自由落下した時の速度と、木星軌道から地球軌道まで自由落下した時の速度を比較してみます。 初期位置 \(a\) を海王星軌道、\(r\) を地球軌道として地球軌道に到達した時の速度を計算すると、41.416 km/s となります。 所要時間はおよそ 10620 日です。 一方、初期位置 \(a\) を木星軌道として地球軌道に到達した時の速度を計算すると、37.857 km/s となります。 所要時間は 717.6 日です。 落下してくる距離は 6 倍近く違いますが、速度は 20% 程度しか違いません。
また、速度を見るとある一定の値に収束しているように見えます。
無限遠の距離で静止していた物体が、太陽へ向かって自由落下を始めるという状況を考えます。
この場合、力学的エネルギーを比較すると
\begin{align*}
\frac{1}{2}mv^{2}-\frac{GM_{\odot}m}{R_{\odot}}=0
\end{align*}
となります。
左辺第 1 項が太陽表面まで落下した時の運動エネルギー、左辺第 2 項は太陽表面での重力ポテンシャルです。
右辺は、静止している状態を考えるので運動エネルギーは 0、重力ポテンシャルの定義より無限遠でのポテンシャルは 0 です。
これを速度について解くと、
\begin{align*}
v=\sqrt{\frac{2GM_{\odot}}{R_{\odot}}}
\end{align*}
となります。
これは太陽表面からの脱出速度と同じであり、代入して数値を求めると 617.53539...(km/s) となります。
無限遠から初速度ゼロで落下して来た物体は、太陽表面に到達する頃にはこの速度になるため、この値が取り得る最高速度ということになります。
上の表にある速度は、この速度に向かって収束しているということが分かります。
表の衝突速度というのは、裏返せば「太陽表面からこの速度で真っすぐ打ち上げた時に、どの距離まで到達出来るか」を意味する値であるとも言えます。
例えば、太陽表面から初速度 616.097 km/s で物体を打ち出すと、地球軌道まで到達出来るということです。
そのほかの場所からの値も、参考に計算してみます。
その他の距離からの値
距離 (AU) | 所要時間 (日) | 所要時間 (年) | 衝突速度 (km/s) | |
---|---|---|---|---|
ハレー彗星遠日点 | 35.0823 | 13417.13 | 36.7344851 | 617.494 |
オールトの雲内縁 | 10000 | 64569551.40 | 176785 | 617.535 |
オールトの雲外縁 | 100000 | 2041868499.64 | 5590446 | 617.535 |
ハレー彗星の遠日点 (太陽からも距離が最も大きくなる地点) から物体が初速度ゼロで自由落下した場合は、太陽表面到達まで 36.73 年かかります。
オールトの雲というのは、太陽系の最外縁部にあると考えられている、微小な天体が存在している領域です。
氷を主成分とした小天体が太陽系を取り囲む球殻のように無数に存在していて、その天体の軌道が変わって太陽に近付く軌道を取るようになると、
長周期の彗星や非周期型の彗星になると考えられています。
ただし、まだ直接存在が確認されているわけではありません。
オールトの雲の内側は 10000 AU 程度、外側は太陽の重力が支配的な範囲いっぱいの 100000 AU 程度まで広がっていると考えられています。
そこからの自由落下にかかる時間は、内縁付近からは数十万年、外縁付近からだと 500 万年近くという途方もない長さになります。
また、先ほど無限遠から落下した場合の速度を計算しましたが、オールトの雲あたりから落下した場合の速度と無限遠からの速度はほとんど同じになります。
ハレー彗星の遠日点からの落下時間は 36.73 年ですが、この値を 2 倍すると 73.47 年となります。
ハレー彗星の軌道周期は 75.3 年 (JPL Small-Body Databaseより) であり、近い値となることが分かります。
ここでは、物体がある位置から太陽へ向かって初速度ゼロで落下した時の、太陽表面までの所要時間を計算しました。
物体の運動に忠実に考えるのであれば、運動方程式を立ててから積分する必要があります。
しかし軌道力学の考えを応用すれば、積分計算を行わなくても所要時間を概算する事は可能です。
ある距離 \(a\) から初速度ゼロで自由落下する物体を、遠日点が \(a\)、近日点が 0 の軌道を持つ天体であると見なします。
天体の軌道長半径は、(近日点距離 + 遠日点距離) ÷ 2 で求めることができるため、この物体の軌道長半径は \(a/2\) となります。
一方、軌道長半径 \(a\) の天体の軌道周期は
\begin{align*}
T=2\pi\sqrt{\frac{a^{3}}{GM}}
\end{align*}
です。
そのため、軌道長半径が \(a/2\) の物体の "軌道周期" は
\begin{align*}
T'=2\pi\sqrt{\frac{\left(a/2\right)^{3}}{GM}}
\end{align*}
と書くことができます。
この"軌道周期"は、物体が \(a\) の位置から落下して距離 0 の地点まで到達し、再び戻ってくるまでの時間です。
そのため、落下するまでの時間はこれの半分ということになります。
従って、
\begin{align*}
t&=\frac{T'}{2}=\frac{1}{4\sqrt{2}}2\pi\sqrt{\frac{a^{3}}{GM}}\\
&=\frac{1}{4\sqrt{2}}T
\end{align*}
であることが分かり、ある距離 \(a\) から太陽までの落下時間は、軌道長半径が \(a\) である天体の軌道周期 \(T\) を \(4\sqrt{2}\) で割ったもので概算出来ることが分かります。
実際に計算をしてみます。
地球軌道から太陽へ初速度ゼロで自由落下した物体が太陽表面に到達するまでの時間は、地球の公転周期を \(4\sqrt{2}\) で割ったもので概算出来るということです。
地球の公転周期は 365.25 日なので、これを \(4\sqrt{2}\) で割ると「64.57日」となり、運動方程式を解いて出した値とよく一致します。
海王星軌道からの場合は、海王星の公転周期 165.2269 年を \(4\sqrt{2}\) で割ると 29.21 年となり、同じく良く一致していることが分かります。
積分計算を使わない概算による別解
2017年06月05日 更新